038 ジャパンカップサイクルロードレース①熱狂の影に生存競争の真理を見る

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栃木県宇都宮市。関東圏からすると、東北の入口の様なこの土地で、10月半ばにシーズン最終盤のUCIプロレースであるジャパンカップが開催される。
これを私はこれまで二度観戦した。一度目は2018年に一人で、二度目は2019年にあのT君と、大学のN先輩とともに。

初日は宇都宮市街を封鎖してサーキットを作り、クリテリウムが開催される。そして二日目には森林公園の周辺でロードレースが開催される。
初日はスプリンターやルーラー等の平地力やアタック力が高い選手に、二日目はクライマーやオールラウンダーの様な登坂力や総合力の高い選手に有利なコース設定になっており、多くの選手にチャンスがある良い設定だと思う。

日本で開催され、世界のトッププロが多数集まるレースとして、会場の熱気と歓声は素晴らしいものがある。それだけに、昨今のコロナ禍で2020年大会が中止されたことが非常に悔やまれる。
しかし2021年に開催出来たとして、我々は観客として観戦することが出来るだろうか?試合の観戦を楽しんでもウイルスに感染はしたくないものだ。

さて、今回の話は私にとって二度目の観戦となる2019年大会のことだ。東京に住んでいるT君と、大田原市に住んでいるN先輩を誘い合わせての観戦となった。

T君はご存知の通り、自転車を一緒にやってきた人なのでこのレースの重大さを理解してくれていたが、N先輩も大いに盛り上がってくれていたのは嬉しい誤算だった。
やはり一流選手のパフォーマンスは別世界の人の心も動かすものである。最終周回に近付くにつれて高まる熱気と応援の声は、私の左右からも確かに聴こえていた。

そしてそんな熱狂の中で、私は途中棄権(DNF)する選手や周回遅れでレースを去る選手も、両日ともに見てきた。
そもそもの実力差とは別に、環境変化への適応問題や心身不調の様な、偶然の不幸によるものだとしたら、それはとても無念なことだ。

生まれ持った素質や環境、怪我やその他様々な壁を乗り越えて勝負の舞台にやっとこさ立ったところで、栄光を掴めるのはごく一握りである勝負の世界の厳しさを垣間見た。
そしてその厳しさの一要素としての予定外の不運、例えば集団落車への巻き込まれの様なもので簡単に勝負がひっくり返ることは、ツール・ド・フランスの様な世界最高峰の舞台でも頻繁に起こっている。

将来の女神はドSなのかも知れないが、彼女の好き嫌いの基準を知る由は我々にはない。
そんな中でも、日々の努力や現場での状況判断等を最大限でやっていく外に出来ることはなく、逆に言えばそれらを突き詰めていくことで確かに前に進むことが出来る。その上で勝利の女神が微笑んだ時こそ、その人は真に栄光を手にしている筈だ。

そう考えると、勝利の女神は気まぐれなツンデレと言えそうだ。
ツンデレ彼女に振り回されながら、彼女の心を射止める為に必死になっていると思えば、生物の求愛行動の様に思えて仕方がない。
孔雀が美しい羽根を拡げたり、蝉が音を鳴らしたりしてメスの気を引いて交尾を狙うのと同じ様に、競技の勝負もまた人生をかけた戦いなのだ。

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