063川の話② 人生の無常と希望を歌うロックンロール

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水の豊かな土地が好きだと言う通り、私は川に対しては良い思い出が多い。
幼少期の楽しい思い出や、川の氾濫による被害に巻き込まれた経験がないことから、この感想は形成されていると思う。

しかし川というものは、一度治水に失敗すれば、氾濫し、下手をすれば土砂崩れまで引き起こす。近いところで言えば、7/3(土)に起こった熱海市の土砂崩れで、山が崩落、家屋は薙ぎ倒され、30人弱の死者が出た。加えて、東海道線・新幹線が大幅に遅延した。
私は翌日の友人の結婚式の前に、その友人を訪ねて横浜市に向かったが、暫く足止めを喰らった。

今まで問題がなかったからといって、その次も安心というわけではないことを改めて思い起こさせられた。
夢占いにおける川は時の流れ、人生や運命の象徴だという。正に諸行無常。

川の流れに世の無常をうたう有名な随筆として、鴨長明の「方丈記」の冒頭は、高校の古典の教科書で見かけたことがある人も多いだろう

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」

要約すれば、「世の中の全てのものに、変化しないものはない。」ということだ。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす。」から始まる『平家物語』といい、鎌倉時代は無常観が流行った様だ。
無常観は仏教の教義における根本的な理念の一つである。浄土宗や日蓮宗の様な新興仏教の興隆もこの時期だが、仏教に救いを求める時代はそれだけ不安定で荒れた時期ということなのだろう。

そして現代、日本から遠く離れたアメリカで、ブルース・スプリングスティーンが”The River (川)“という曲を歌っている。
私はこの曲に、人生の無常や思い通りにならない苦しみを感じる。

私はアメリカ人といえば、上昇志向が強く、過去を顧みず、未来を常に明るいものとして捉える傾向があると思っていた。
しかしこの曲からは、過去への懐古、生きていくことの苦悩、そして不景気の為に仕事が少ないという様な、自分の力ではどうにもならない「大いなる壁」の様なものへの主人公の挫折を感じる。

そうした状況を歌う合間合間に、”川”についての小節が挟まれる。
ここでの”川”は、主人公と彼女がドライブし、飛び込んで泳いだ、素敵な思い出の場所として紹介されている。主人公が高校生の頃も、結婚した後も、そして川が干上がってしまった今も。

しかしそんな”素敵な思い出”が、遂には現実との乖離を受けて、今では”呪いの様に”主人公を苦しめているとさえ歌う。
それでも尚、干上がってしまったと知っていて尚、彼等は最後まで川に向かおうとするのだ。

思い出の地が失われたことを知った上で尚、追い求めることを徒労で虚しいと思うだろうか?
仏教的には、希望を求めて思い通りにならないことが苦しみだと言うが、この世の暮らしに幸せを求めることと、死後の救いに極楽浄土を求めることにそれ程の違いがあるのだろうか?

兎にも角にも、当初の私の偏見に反して、アメリカ人も無常観を歌うことが印象的だった。そしてそれを生み出したのは、紛れもなく当時のアメリカの社会情勢であり、その点では日本と変わらないだろう。

ロックンロールは少なからず社会の影響を受け、世相を反映する。そこに、私は仏教との共通点を見出す。
仏教信者が極楽浄土の救いを求める様に、ミュージシャン達はロックンロールに救いを求めている様に思えるのだ。

社会の不条理への反発、目指すべき理想、思想や恋愛。ロックンロールのテーマは限りなく広く、それらを歌うことは、歌い手の人生そのものの表現なのかも知れない。
いずれは世の無常に押し流されて消えていくとしても、自分自身の存在を世に刻み込もうと歌う。悩み苦しみ、生きる姿は美しい。

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