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小笠原旅行 その②
〜母なる島の乳房の頂を目指す〜

父島で迎えた初めての朝は、よく晴れていた。12月も後半に差し掛かった時期においても、朝から気温が20℃を超えていた。
ユースホステルの近くにある大神山公園を散歩し、水産センターで水族館を楽しみ、海洋センターでウミガメに触れ、曼荼羅COFFEEで小笠原のコーヒーとチーズケーキを楽しんだ。

そうして昼になり、ユースホステルで紹介されていた『がじゅまる食堂』にて、がじゅ丼を食べた。がじゅ丼には高級魚の尾長鯛(ハマダイ)をはじめ、マグロ、カ ンパチ、ソデイカ、メカジキなど数種類の魚が乗っており、 小笠原の豊かな海の恵みを存分に楽しめる。
イカを美味しく食べられるのは、港町の良さだろう。私は普段はイカを好んで食べないが、海鮮を売りにしている店では食べる様にしている。

食後の運動に、大神山公園の海岸から海に入った。
小笠原の海開きは1月1日だが、連日で水温が24℃を超えていたので、小一時間程泳いだ。
母島は誰もいなかったが、こちらでは数人の海水浴客がいた。

その後、国立天文台VERA小笠原観測局を眺めに、レンタサイクルで向かった。中々の坂道で、楽ではなかったが、数日ぶりの自転車に乗ることができ、良い運動になった。

山道の途中で、アカガシラカラスバトという固有種が道を歩いていた。急勾配で速度が落ちたついでに、少し様子を見ることにした。
急に近付くと飛んで距離を取られたが、ゆっくり近付くと少し離れるくらいで止まった。都会の鳩と比べて、確かに警戒心が薄い様に見える。これはガラパゴス生態系の弱点だろう、強い外来種が少しでも入れば簡単に数を減らしそうだ。

近年の国際秩序は随分と乱れていて、戦争の火種が日本の付近にも燻っている様に見える。
戦争を繰り返さず、平和を守ることが何より大切なことは言うまでもない。しかしその平和維持の手段が、他国の力への依存になってはよろしくない。
そうなってしまえば、最早、日本が世界のガラパゴスだ。
必ずしも武力だけでなくとも良いと思うが、外からの脅威に備える必要はあるだろう。侵略戦争を否定するのは良いが、自衛の放棄は生存の放棄だ。

この日は船出の前夜で、ユースホステルでは送別会を兼ねての夕食会を開催してもらった。
焼肉をメインとして、島寿司、焼きそば、サラダ、更に種々のアルコール飲料で、美味しいものを満足行くまで食べられた。

焼肉は天気が良く、人数があまり多くない時でないとやらないという話を宿主がしていた矢先、雨が降ってきた。天気の変わりやすさは離島の特徴だが、言ったそばからというのは、笑いの神の仕業か。

その後も、島の生活や、我々の地元での話をし合って楽しい時間を過ごしている内に、夕食会も終わらなければならない時間が近付いてきた。そこで最後に奥様のみなこさんがウクレレで、小笠原の曲を幾つか演奏してくれた。

1曲目はレモン林。おがさわら丸が到着する時に流れていたのを聴いて、優しさ溢れる素敵な恋人達の歌だと感じた。島の古謡らしく、穏やかなリズムで心を落ち着かせる音楽だ。
そのレモンは果実のレモンではなく、レモングラスのことらしい。小笠原は島レモンも作っているので、間違えそうだ。

2曲目はサンゴ通り。小笠原村の村会議員をやっている池田望さんの作曲という話だ。
“サンゴ通り”のフレーズを何度も繰り返す部分が、シンガーとオーディエンスで一体で作るライブ感を生むので、私は結構好きだ。

最後の3曲目は、アオウミガメの旅。小笠原の学校の卒業式で歌われる。卒業した子ども達がいつかまたこの島に戻ってきてほしいという歌だ。ウミガメが海に出た後、産卵の為に島に戻ってくる様に。
問題は、島で生まれた人達だけなら兎も角、外からの移住者が働けるだけの産業規模があるだろうかということに尽きる。自然が好きで、場所を選ばない仕事をする人には悪くない選択だと思う。
私達は観光客なので、この歌を、またここに来てほしいというメッセージとして受け取ろう。

みなこさんは、小笠原の音楽を歌ったCDを出している。興味があれば、買って聴いてみてほしい。

https://ogasawara-youthhostel.blogspot.com/2017/04/cd.html?m=1

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