045 短命動物の生き様とその天命について考える

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先日、例の大先輩と食事をした際に面白い話を聞いた。漁獲されるサンマの内臓には鱗が入っているというのだ。
私はプランクトンを餌にするさんまの内臓に鱗が入っている理由が分からなかったが、なんと網で獲られた際に剥がれ落ちる自分や仲間のものを飲み込んでいるとのことだ。

ところで、サンマは無胃魚といって胃を持たず、食べ物を腸で数十分で消化して排泄する。そして、サンマ漁が行われるのは夜間である。
サンマは日中にプランクトンを食べ、夜は何も食べないので、私達が食べる頃にはサンマの内臓はほぼ空になる。
その為、サンマの内臓は基本的に苦味がないところを、胆のうの胆汁が適度に苦くするので、内臓も美味しく食べられるのだ。

それもあってか、サンマの寿命は2年程度の短命である。マイワシで7年前後、マサバで10年程というので、やはり短い。
その分成長が早く、0歳の越冬期には成熟して産卵を始めるという。

同じく短命で知られるカゲロウの場合、成虫となってからは約1日でその生涯を終える。
成虫になったカゲロウは、餌を食べるための口が退化して失われるので、そもそも餌を獲ることができないのだ。
そしてその成虫の僅か1日の内に、子孫を残す為の活動を行う。
中学生の頃に国語の教科書で読んだ、吉野弘の散文詩”I was born”を思い出し、天命の様なものに翻弄される生物というものについて改めて考えさせられた。

ライフサイクルが短い生物はより短い期間でより多くの交配を繰り返すことで、環境に適応した変化が早いという。これは種が生き残る為の生存戦略としても有効だろう。

一方で現代の先進国の人類は、食事が充分に摂れ、医療が進歩したことで、平均寿命が中世を基準にすると遥かに延びている。

そして人間である私は、子孫を残すという動物としての天命を未だ果たすことなく、今も生きている。機会を逃しつつ、それを肯定している自分がいる。
私のエゴは果たしてこの天命に逆らい続けるのだろうか?この命題に答えを出すのはいつになるのか、今は未だ分からない。

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