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東北夏祭り2026
五所川原市 立佞武多

2026年も日本に夏がやってきた。毎度のことながら暑かったが、この度に訪れた青森県の五所川原市は、私の居住地である名古屋市と比較して、かなり涼しかったことは間違いない。

8月となると、ただその場にいるだけで汗が流れる程の暑さを感じる多くの地域に対して、五所川原では湿気も少なく、時々涼しい風が吹いていた。
この気候があってこそ、夏に大規模なお祭りができるのだろう。熱く盛り上がるのは良いものだが、酷暑の中で盛り上がれる程には、まだまだ我々日本人は暑さに慣れていない。

避暑も兼ねて、今回は五所川原市に、立佞武多(たちねぷた)を観覧する為にやってきた。
立佞武多は青森県の三大ねぷたの一つであり、青森市の横長のねぶたや、弘前市の扇形ねぷたに対して、縦に長いことが最大の特徴だ。

歴史の話をすると、江戸時代辺りから大型化を続けていった過程で、かつては架空電線に当たってしまう程のものもあったという。
弘前ねぷたにおいても大型のものは、信号機に当たる程のものがあるが、それは通過時に上部を折り畳んで通行していた。
立佞武多にも一時的に高さを縮める仕組みを搭載することは考えられなくもないと思うが、それを組み込んだ超大型立佞武多も見てみたいものだ。

既に大仏やガンダムに勝るとも劣らない高さを備えており、迫力充分だが、そこを超えるといよいよ進撃の巨人の世界観か。
作品を無碍に破壊するのはやめてもらいたいが、立体機動装置を駆使して立佞武多を狩る、というイベントをVR等で仮想で行うのは、現代に即した一つのエンターテインメントとして、個人的には体験してみたい。

ところで五所川原市内の学校の運動会では、騎馬戦ではなく小型の立佞武多で勝負をするところもあったりするのだろうか?
前提として喧嘩に発展しない様にルールを決めた上での実施であってほしいが、製作を通じてクラスの結束が強くなりそうで、是非とも見てみたいものだ。

今回の参加は最終日ということで、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の立佞武多に吉幾三さんが乗り込み、我々観客に挨拶をしつつ歌っていた。
その歌の名前は『立佞武多』で、正に彼が立佞武多の祭りの為に作った歌だ。
和楽器と軽音楽器を組み合わせた演歌のメロディーに、祭りを大いに盛り上げる掛け声と、五所川原の雄大さを伝える歌詞が乗ることで、祭りの最中だけでなく、平時でも口ずさみたくなる程の名作だ。

それもあって、祭りの翌日、私は五所川原市内の吉幾三コレクションミュージアムにも立ち寄った。
そこの入口でも、再生ボタンを押すことで『立佞武多』を何度でも聴くことができた。

『俺ら東京さ行ぐだ』や『TSUGARU』の様なラップ系統も、『酒よ』や『雪國』の様な本格的な演歌も、以前から好んで聴いていたが、『立佞武多』との出会いは、また新しい印象を私に植え付けてくれた。

私は普段は演歌を熱心に聴く方ではないが、吉幾三さんの歌は頻繁に聴いており、この機にその理由について改めて考えてみた。
その結果として分かったことは、演歌を聴く理由ではなく、彼の音楽を聴く理由だった。

彼は地元について歌う時、田舎特有の不便さや古臭さの一面を自虐的に提示しつつも、一方で彼自身の内面から溢れ出る挑戦意欲による試みや意識の賜物か、全く陳腐にはならないのだ。
そもそも演歌自体も、彼にとっては当初からの方向性ではなく、後から追加した選択肢の一つ、つまり新たな試みなのだ。

出自の背景が基盤にあり、そこに途中の経験が加えられて、面白味が醸成されていった吉幾三さんの音楽性。
伝統という形式を引き継ぎながら、今を生きる人々の手で新しい取り組みが行われていく立佞武多。
吉幾三さんも立佞武多も、似たもの同士なのかも知れない。

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